●雨に向かいて月を恋う 後編● |
「そや!今日は中秋の名月なんやで?知っとった?」 思い出したようにシゲが言う。 「中秋の名月…?ああ、一年で一番月がきれいに見える日か」 ポンッ、とそれこそ頭のうえに電球が飛び出してきそうに不破は手をたたいた。 「しかし今日の天気ではとても…」 不破は残念そうに言う。 「いや…俺にはちゃーんと見えてんで?きれいなきれいなお月さんが」 とシゲは笑って返した。 当然月はでているわけでもなく、雨が降り続いているだけである。 「む、佐藤。どこに出ているというのだ?」 キョロキョロと辺りを見回すがそれらしき物はない。するとシゲはさらに笑って 「ここや」 すっと指を差して言った。 「…」 シゲの指差した先は 「佐藤、もしかしなくても俺を差しているのか?」 そう、不破自身だった。 「そや、こんなに綺麗なお月さん、いままで見たことないで」 「俺は人間であって決して月ではないのだが」 真面目に不破が答える。 そんなところも好きなのだが、鈍すぎるのもどうかと思う。 しかたなく説明をしてやるしかない。 「そんな意味やのうて、不破が月みたいな存在っちゅーこと」 「む?」 まだ理解できてないらしい不破にさらに説明を加える。 「お月さんって綺麗やろ?それに見ていたらすごく落ち着く。不破は俺にとってそんな存在なんや」 わかった?とシゲは再度笑ってみせる。 「ふむ、つまり佐藤は俺と一緒にいると落ち着く、それは月を見ているときと同じ気分になるので俺が月のような存在だと言ったのだな?」 と一気に不破はまくしたてた。 ムードも何もあったものではないが、とりあえずこの気持ちが伝わったのでよしとしよう。 「そーいうこと」 「そうか…」 納得したように不破は頷くとこう言った。 「では俺にとっても佐藤は月みたいな存在だということになるな」 またコイツは…嬉しいこと言ってくれるやないけ。 シゲは心のなかでそう思い、不破の手を引くとギュッと抱き寄せた。 この存在がとても愛しく思う。 決して口下手ではないが、予想外の言葉を平気で吐く。しかも、それが無自覚で自分にとって嬉しいことなのでさらにタチが悪い。 しばらくそのままの格好でいると不破もおずおずとシゲの背中に手を回した。 それがまた嬉しくて小さく微笑む。 「なんか俺が月なんてもったいないなぁ」 と苦笑を交えながら言った。 「何故だ?」 と顔は見えないがおそらく不思議そうにしているだろう、不破は聞き返す。 「だって俺は汚い人間やもん。月なんて綺麗なもの似合わへんよ。不破が一番やて」 と佐藤は淡々といった。 「そんなことないと思うぞ」 「え?」 間髪入れずに不破が反論する。 そんなことない、ともう一度繰り返すと 「佐藤は綺麗だと思う。他の人間はどうかわからないが…少なくとも俺にとっては綺麗な存在だ」 どこが、と聞かれたらそれはそれで困るのだが…と不破は最後に小さく付け加えた。 嬉しかった。 こうまで言ってくれて嬉しくならないはずがない。 シゲは腕の力をさらに強め、 「ありがとう…ほんまに嬉しい」 とつぶやいた。 それに満足したように、不破は腕のなかで微かに笑った、ような気がした。 「源順、という人物が作った漢詩に『対雨恋月』というものがある」 不破がいきなり説明を始める。シゲは黙ってそれを聞いた。 「『雨に向かいて月を恋う』。まさに今の俺たちの状態といえよう。この雨の中、月のようなお互いを想っていたのだからな」 と、自信満々に言った。 プッ、とシゲは思わず吹き出し 「そーやなぁ…その、みなもとの…」 「源順だ」 「そうそいつの気持ち、わかる。ごっついわかるわ」 と力をこめて言った。 「うむ…同感だ」 不破も頷き少し離れると、どちかからもなくキスをした。 不破からは石鹸の香りがしてとても心地よかった。 しばらくキスを繰り返したあと、お互いの息がかかるかかからないかの距離まで離れ、一緒に笑った。 「そや不破りん!えーもんがあるんやけど」 「なんだ?」 シゲはみたらし団子の存在を思い出した。 甘いもん大丈夫やったよな、と一応不破に確認をとると立ち上がり団子を取りにいく、いや行こうとしたのだが、不破が服の端をつかんで離さない。 「不破?」 どうしたものかと問うと 「…もう一回だ」 とその長い睫毛と一緒に目を閉じた。 コイツめ…と心のなかで毒付きながらも、顎をつかみ上を向かせるとキスをもう一度その唇に落とした。 きっとあのみたらし団子には暖かい緑茶があうだろう。 嬉しそうな顔をし団子を食べる不破を想像してまた笑うシゲだった。 雨は相変わらず降っていた。 END おまけ⇒ |
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