●除夜の鐘が鳴るころに 前編● |
ルルルル… とあまり鳴ることのない、不破宅の電話がけたたましく音を立てた。 現在時刻23時。電話がかかってくるには少し遅すぎる時間だ。 今日も家族は誰もいないので、コタツに入り、のんびりとテレビを見ていた不破は仕方なく立ち上がった。 リビングの扉を開け電話がおいてある廊下に出ると、リビングと廊下の室温の違いに思わずぶるり、と身震い。 はたしてなぜ廊下というものは寒いのだろうか、不破はそんなことを考えつつこの止むことを知らない電子音を止めた。 『今から言う場所に急遽来られたし』 電話口の相手は、開口一番そう言ってのけた。 己の名前も相手の名前も告げず、ただ用件だけを言ったその声の主を判断するには数秒の時間を要した。 「…藤村?」 いつもの関西弁とは違い、妙な言葉遣いな上、今日は連絡をとれないだろうと本人は言っていたが、きっと、彼だ。 『…ようわかったな』 「当たり前だ」 何度その声を聞いたと思っている。と不破はいうと、電話の相手はかすかに口の端を吊り上げた気配がした。 もちろん見えるわけがないのだが、なんとなくそんな気がした。 『やっぱ愛やね』 くつくつとやはり笑いながら、藤村はそう言った。 馬鹿らしく、あまりに呆れた台詞だったので、そう伝えるとひどいなぁーと彼はまた笑った。 「で、いったい何の用だ?来られたし、とはどういうことだ」 一度逸れてしまった話を不破は元に戻した。 すると藤村は笑うのを止め、一呼吸間を置くと用件を伝えた。 『あー、あんな不破。草晴寺に来れるか?』 「今からか…?」 そうや、と藤村は言った。不破は壁にかけてあった時計を確認すると 「問題はないようだが…」 と伝えた。それを聞いた藤村は嬉しそうに、なるべく早くきてな、と言うとカチャリと電話を切ってしまった。 つーつーという音だけが不破の耳に残った。 ●●● 「不破、すまん。どうも年末年始はこっちに居れそうにないんや」 藤村はそういうと、本当にすまなそうに首をうなだれた。その表情には落胆の色も見える。 「…何故お前が謝る必要があるのだ」 不破はわかっていながら彼にそう問うた。 12月31日は不破の誕生日、藤村は前々から一緒に祝おう、と言っていたのだった。 不破は少なからず期待していたし、藤村と過ごす誕生日ならきっと楽しいものになるだろうと内心嬉しかったのだが、突然のキャンセル。 藤村も忙しい身であるため納得したが、やはりどこか寂しい。 元々誕生日というものは大体が一人だったのだから今更なのだが、ふと、寂しいと感じてしまった自分に心のうちで苦笑してしまう。 藤村はそれはもう何度となく謝り、不破は軽く頭を振りそれを気にしてないという風に見せるのだった。 そんなこんなで、彼は京都へ行ってしまった。 ●●● 先日のやり取りを思い出して不破は考えた。 彼は今、京都にいるのではないのか? しかし、考えても埒があかない。彼が来い、と言ったのだ。 そうするしかあるまい、と不破は思いハンガーにかけてあった濃い紺色のコートと、黒色の長めのマフラーを羽織ると以前彼に買ってもらった手袋をはめ、家を出るのだった。 外は想像以上に寒かったが、我慢できないものでもないと思いマフラーを口元が隠れるくらいに掛けなおした。 大晦日の23時過ぎといえば、やはりどこの家も家族で過ごしているらしく普段この時間帯に明かりがついていない家からも光と話し声とが窓から滲み出ていた。 隣の家に住む、早寝早起きの老夫婦でさえ起きているようだ。 いつもはポツポツとある電灯の明かりだけで頼りなかった道路が、今は沢山の家からの灯りで明るく見えた。 空を見上げれば星のひとつも見えない。おそらく曇りなのだろう、もしかすると雪でも降るのかもしれないな、と不破は思った。 30分ほど歩いただろうか、見慣れた門が見えてきた。その前にはシルエットがぼんやりと佇んでいた。 「不破か?」 その主は向かってきた不破にそう問いかけた。 ああ、と短い返事だけすると、ふと寺が明るいことに気付いた。さらにはパラパラと人がいるのが見える。 藤村は不破のいるところまで来ると、早く、と右手を引き走るのだった。 聞きたいことはいろいろあったのだが、藤村の妙に嬉しそうな顔を見ると聞くことができなくなってしまった。なんにせよ、彼とは5日ぶりに会う。 境内にいた人を追い越し、ついた場所は屋根のついた大きな鐘の前。どこの寺にでもある、あれだ。 「…」 予想外の大きさに多少驚きつつも、それに触れてみた。熱を持たないその金属はひんやりと、手袋の上からでも伝わってきた。 いったい、彼はこれをどうするつもりなのだろうか。 振り向き問おうとすると、藤村はおそらくこの鐘を叩く道具だろう、天井から吊るされた長い棒がくくりつけてある縄を手に持っていた。 すっと、手が差し出される。おとなしくその手を取ると、そのままぐいと引かれ、藤村と一緒にその縄を持つ形になった。 「ええか、縄を後ろに引いて勢いをつけて叩くんやで」 ああ、そうか、これを叩くのだな。頭でそんなことを考えながら、藤村がそう言うので、おとなしく頷いておいた。 せーの、という藤村の掛け声と同時にくん、と縄が引かれる感じがする。それにあわせ不破も後ろに引いた。 が、それも束の間、思わず力を抜くと思ったより重たかったそれは勢いがつき鐘まで一直線。 鐘の一箇所が丸く模様付いていたから、そこにおそらくあたるように作られているのだろうと思った、瞬間。 ゴォーンという鐘の音がぴんと張り詰めた冷たい空気を伝わりそこら中に響いた。 びりびりっと不破の耳をその大きな音は刺激する。再び鐘に触れるとそれは震えていて、その音の大きさが伺える。 もしかしたら、少し離れたところにある山まで届いたかもしれないと思ったら、案の定少し遅れて先ほどと同じ音が、聞き取れるか取れないかくらいくぐもった小さな音で返ってきた。 「毎年俺が一番に叩くんやで」 境内で待っていた人々はこれを叩くために並んでいたらしく、彼らに次の叩く権利を与えたあと藤村は不破と共に寺の縁側へと座った。 すごいやろ、と笑いながら言う藤村に、薄く微笑みつつ、そうか、と不破は答える。 瞬間、はっとした顔になると、後ろ頭をぽりぽりかきながら、彼は呟いた。 「あー、すまん。最初にこれ言わなあかんかったんにな」 「?何をだ」 不破が首をかしげると、藤村はすっと手を伸ばし首を引き寄せ、彼を抱きしめると 「誕生日おめでとう」 と彼の耳元で小さく囁いた。 ああ、と不破は思った。そういえばそうだ、彼には祝われてなかったなと思い出す。 しかし、不破はそんなことは気にもしてなかった。 ただ、彼がそばにいる。こうやって抱きしめてくれている、それだけで良かった。 |
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