●B-08:制御不能●


「不破ー!」

自分の名前を呼ばれ、振り返ると誰かがこちらに向かって走ってくるところだった。
背の高さ、髪の色、声色から、彼が藤代誠二だということがわかる。
先ほど今年最後の選抜召集も終わり、別れたはずだ。なぜだ?


遠くからでもわかるように、藤代は大きく手を振って笑顔でやってくる。
彼はよく笑う。どうやったら、そのように笑えるのであろうか、少々理解不能である。
年末なので人通りは少なくない。恥ずかしいと感じながらもとりあえず立ち止まった。



「不破ってば歩くの早いよ」
薄くにじみ出た汗を拭い、ふぅ、と軽く息をつきまた笑顔で言う。
どうやら全力で走ってきてくれたらしい。

「む、すまない。しかし俺のせいではないぞ」
「わかってるって!」
どんっ、と笑いながら背中を叩かれ、少しだけ咳き込んだ。
…力加減というものを知らないのだろうか。


「で、どうしたのだ?」
その問いには、さっき別れたばかりだろう、という意味も含めた。
が、彼は気付いてないらしい。

「うーん…ねぇ不破はこれから暇?」
「?大して用はないが…」
「よし、じゃあついてきてよ!」
ついてきて、と言う割には、返事も聞かずにしっかりと右手を握ってくる。暖かい。
半ば引きづられながら、目的地へと向かった。






●●●●●






藤代に連れられ、部屋に入るやいなや、ぱぱぱーん、という大きな音とともに、紙ふぶきのようなものが頭上から降ってきた。
少し驚いて回りを見渡すと、どうやら知った顔ばかりのようだ。
先ほどの音と紙ふぶきはクラッカーから出されたらしい。
目の前のテーブルにはケーキやたくさんの食べ物があり、部屋のところどころに飾りつけがしてある。
『誕生日おめでとう』と大きくか書かれた横断幕は天井から吊るしてあった。



…そうか、今日は俺の誕生日だったか。
最近はサッカーに、期末テストに、と忙しかった所為だろうか。すっかりと忘れていた。
今まで祝われたこともなかったし―家族からはおめでとう、という言葉と、よくわからないものをもらった記憶はあるが―元々、自分がこの世に生まれた日などどうでもよかったからかもしれない。


しかし、なぜ俺の誕生日を知っているのだろう。
彼らに誕生日を教えた記憶は…ない。確かなかったはずだ。

ふと、彼と目が合った。ニコリと微笑みかけてくる。
ああ、彼になら教えたはずだ。その顔を見る限り、おそらく彼がこれを計画したのだろう。
まったく、余計なことをしてくれる。しかし嫌悪は感じられなかった。







幼いころから感情は抑えてきた。
なぜ?
彼からいつかそう問われたことがあった。
その時俺はなんと答えただろうか。







「誕生日おめでとうー!」
「ほら、お前のためにわざわざ準備してやったんだぜ」
「不破、どうだこれ?」
彼らは祝いの言葉を述べるなり、そこにあった料理を次々と勧めてきた。
いつの間に用意したのだろうか。選抜召集が終了した時間からそれほど経っていないはずなのに。
とりあえず、目の前にあった唐揚げに手をつけた。
すこし、揚げすぎな気もするが、意外に美味い。







―考察の邪魔になるではないか。
確か、そう彼には答えたはずだ。
いらぬ感情に惑わされ、翻弄されるくらいなら最初からそのような感情はいらない。
考察にはまったく必要性がないものなのだ。

それに、そういった類のものは教えてもらえなかった。
莫大な知識は本が教えてくれたが、感情は誰も教えてくれなかった。
そう言うと、彼は困ったような、泣きそうな顔をしたのを覚えている。

なぜ彼はあのような表情をしたのだろうか。






「あ、それ俺のだよー!」
「いーじゃんか、まだいっぱいあるし」
「うわ、ちょっと藤代!きたねーって!」
考察に夢中になっていると、いつのまにか大騒ぎになっていた。
もしかしたら俺の誕生日にかこつけた年末パーティーだったのか?
はぁ、と軽くため息を吐くと、

「…なんのつもりだ」

と、いつの間にか隣へ来ていた彼に問うた。

「ん?なんのことかな?」
しかし本人は首をかしげ、わけがわからない、といった顔をした。
あくまで誤魔化そうとするつもりか。

「しらばっくれるな。どうせお前が企画したんだろう?」
「あれ?ばれてたんだ」
大して悪びれもせずに笑う。
「嫌だった?」
「…わからん」
「…そう」
会話はそこで終わり、当然のように沈黙が降りた。
氷が溶けてしまったカルピスは味が薄く、美味しいとは感じられなかった。


「不破!こっちきて!」
そんな沈黙を突如として破ったのは、やはりというべきか、藤代だった。
「ほらほら!キャプテンもボーっとしてないでさ!」
グイグイと腕を引っ張り、有無を言わず中央のテーブルまで連れて来られた。
渋沢も仕方ない、という風に椅子から腰を上げる。


「…」
「はい、これ、みんなで作ったんだ」
と嬉しそうにそれを持ち上げた。


HAPPY BIRTHDAY!FUWA


そう書かれたチョコプレートが中央に添えられ、真っ赤なイチゴがクリームの上でちょこん、と座っていた。
しかし、どうも形がおかしい。
所々、クリームがはげ、スポンジ部分が見えているし、よく見ればへたが付いたままのイチゴもあるのではないか。

ちらりと藤代を見やると言わんとしていることがわかったのか、ちょっと失敗しちゃったんだ、と言った。
「でも味は美味しいはずだよ、たぶん」
最後のたぶん、は小さな声で呟いたようだ。渋沢も苦笑している。



「はやくやろーぜ」
誰かがそう言った。
それを聞くや否やどこから取り出したのか、カラフルな蝋燭がケーキへと容赦なく刺さり、ぽ、と火が灯った。
そして、パチリと音がしたかと思うと、部屋の照明は全て落とされた。
…いや、蝋燭の灯りだけが、ぼう、と照らしている。



「はっぴばーすでぃ、とぅーゆー」
と、皆の歌声が小さな部屋に響いた。
きれい、とはお世辞にも言えなかったが、心地のよい歌声だった。

「ほら、不破、早く」
祝いの歌も終わり、そう促され、周りを見やると皆こちらを見ている。
早く、と言われても何をすればいいのかまったくわからず、どうしたものかと黙っていると
「蝋燭の火を吹き消すんだよ」
耳元でぼそり、と囁かれた。

そうか、これを消せばいいのだな。
すぅ、と空気を吸い込み、ふぅーと一気に吐き出した。
蝋燭の火は次々と消えていき、最後の一本を消し終わったところでぱちぱちと拍手が起こった。
瞬間、照明が元に戻り大量の光が目へ入ってくる。思わず目を瞑る。まぶしい。




「不破」
そう声をかけられそろりと目を開くと

「おめでとう」

皆がそう言った。
なんと言ったらいいかわからなかったが、とりあえずありがとう、と返した。

皆、笑っていた。






―なぜあいつらは俺に構うのだ。
いつも話しかけてくれる彼らを疑問に思い、そう聞いたことがある。
それは不破のことが好きだからだよ、と彼は笑って答えた。
自分もその一人だから、と。
―好き?
不破もみんなのこと好きだろう?

そう問われ、答えることができなかった。
その感情を知らなかったから。


『でも、大丈夫、いつかきっとわかるよ』


ああ、そうか、彼の言ったことがやっとわかった気がする。
好きだ。
今なら言える。
サッカーが、彼らが、好きだ。
サッカーと、彼らと出会うことができて本当によかったと思う。





本日の主役を祝い終わったからだろう、再び部屋は大騒ぎになっていた。
皆は、やはり笑っている。
そんな彼らを見て、なんともいえない感情が生まれた。
その正体が何なのかがわからず、もどかしかったが、これだけは言える。

「渋沢」

「ん?」


「誕生日とはいいものだな」

気付いたら、自然と頬の筋肉が緩んでいた。
おそらく今自分は笑っている、と思う。
なにより、隣にいる彼が驚いた顔のあと、最大限の笑顔になったからだ。
否、この笑顔は嫌いではない。




この気持ちをなんと表現したらいいものだろうか。
心の奥底で、渦巻き、せめぎ合い、こみ上げて。
次から次へあふれてくるなんともいえない感情。
この感情は―制御不能、だ。


しかし、そんな感情に翻弄される自分も悪くはない、
そう、思った。



END


ということで、不破誕提出作品でした。
渋不破のようで渋不破でない…そんな感じを目指したのですが(笑)
沢山の人に囲まれて、沢山の人に祝われる不破君を想像して書いてみました。ちょっとで気持ちが伝わると幸いです。

BACK
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送