●晴れた空を見上げて● |
すっかり冬の気配もなくなり、ポカポカとした春の日差しの中、藤村はいい天気だ、と思った。 本当は寺の裏庭の掃除を任されていたのだが、あまりにも天気がよく気持ちがよかったので、休憩のついでにそのまま散歩に出たのである。 (実際は掃除が嫌で逃げてきたのだが) ぐぐっと腕を上げ、大きな伸びをすると、今度は口に出して 「本当にええ天気やな」 と、呟くのだった。 昨日まで、嫌になるくらい雨が続いて久しぶりの晴れなのだ。 藤村はその日の光を、身体を使ってたくさん受け取ろうと思った。 なんの考えもなく、適当に歩いていると、いつのまにか学校近くの川原まで来ていることに気がついた。 恵みの雨を受けて、適度に成長した草花が暖かい風を受けてさわさわと揺れている。 ふと視線を左にずらすと、この気持ちよさそうな気候条件の下、どうやら寝ころんでいる人物がいるようだ。 しかし、いくら暖かいといっても、さすがにこんなところで寝たら風邪を引いてしまうのではないだろうか。 そろり、と近づいて見ると、なぜかどこかで見たような頭だった。 「…不破?」 もしかして、と思いこそりと声をかけてみると、その頭がゆっくりと動いた。 「む、藤村か」 首だけを器用に逸らし、少しだけ驚いたように想像していた人物―不破が答えを返した。 ちょうど藤村が不破を見下ろし、不破が藤村を見上げるような形になってしまい、くすりと藤村は笑った。 「なにやっとるん、こんなところで」 よいしょ、と藤村は不破の右隣に腰を下ろすと尋ねた。 穏やかに流れる川は、キラキラと太陽の日差しを受けて輝いている。 河川敷を白い犬を連れた女の人が歩いていたので、にこやかに手を振るとあちらも快く手を振り返してくれた。 それに気付いた不破が少しだけ顔を動かし、知り合いか、と聞くので、いいやと笑いながら否定した。 ふむ…と再び首をもとのように上に向けた不破が、 「雲の観察だ」 と、ポツリ、先ほどの質問に答えた。 「雲…?」 とりあえず、藤村も上を向いて空を見上げてみる。 が、それといって変哲なものもない。 どちらかといえば、今日は雲が少なめではないのだろうか。 「ああ、雲だ」 怪訝そうな藤村を尻目に、きっぱりと不破がそういうので、はぁ、と藤村は言うしかなかった。 それ以上不破は話す気はないらしく、口を開かなかったので、藤村も仕方なくごろりと横になると、自分の手を枕代わりにして不破の言う『雲の観察』をすることにした。 だが、やはりいつもと変わりのない、何の変哲もない空がそこにあるだけだった。 「こんなん見て、おもろいんか?」 5分ほど経っただろうか、焦れた藤村がそう尋ねると、 「おもしろい、というほどではないのだがな」 と今まで寝ているのではないかというくらい静かだった不破が苦笑交じりに言った。 「知っているか、雨の後の空というものは、いつもより数倍は綺麗なのだぞ」 と、目を細め、それはそれは愛しそうに不破が言うので改めて空を見てみると、なるほど、確かにいつもより澄んでいてとても綺麗な気がした。 「こんな日は雲の動きがよく見える。じっと見ているとまるで空に吸い込まれてしまいそうだ」 微かに口元を綻ばせて不破はそう言った。 正直に言うと驚いた。 まさか不破がこんなロマンチック(と言っていいのか定かではないが)なことを言うとは思わなかったからだ。 思わず藤村は起き上がり、マジマジと不破の顔を見ると、なんだ、と軽くひと睨みされた。 その顔がほんの少しだけ赤く染まっているのがわかると、やはり不破も自分らしくないことを言った、と自覚しているらしい。 ふふっ、と藤村は笑いを漏らすと不破も軽く笑い返してくれた。 とさりとそのまま身体を倒し、数少ない雲へと視線を向ける。 非常にゆっくりと、だが確実にそれは進んでいき、時々微かに形を変えていく。 真っ白なキャンパスを、真っ青に染めて、さらにその上から白い絵の具を滲ませた絵の様に見えた。 不破の言った通り、本当に、本当に空に吸い込まれてしまいそうだ。 藤村は瞼を閉じて、空に吸い込まれる自分を想像した。 すぅっと空中に浮かんだ身体は、空へと吸い込まれ、溶け込み、混ざり合い、 そして、空と、あの澄んだ空と、 一体化するのだ。 ●●● 「藤村?」 ゆさゆさと身体を揺さぶられ、はっと目を開けると不破がこちらを覗き込んでいた。 目を覚ました自分に安心したのか、ふっと不破は息を吐いた。 いくら暖かいといっても風邪を引くぞ、と不破が言うので、どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしいと気付いた。 そういえば自分も不破が最初寝ていたのではないか、と思っていたことを思い出し、少しだけ可笑しくなった。 「とても気持ちよさそうだったぞ」 どうやら、寝ていた藤村のことを言っているらしく、不破はそう言った。 「…どの位寝とった?」 不破にずっと見られていたのだろうか、少し恥ずかしくなってそう尋ねる。 10分ほどだ、と答えるので、 「もっと早く起こしてくれてもよかったんに」 「いや、起こすのが忍びなくてな」 本当に気持ちよさそうだったぞ、と。 「夢を…夢を見たんや」 とてもいい夢を。 笑って言うと、そうか、とひどく優しい顔をした不破がこちらを見ていた。 さて、と不破がコキコキと肩を鳴らし、立ち上がったので 「帰るん?」 と聞くと、今日は暇か、と問いで返された。 「別に、なんもないけど…」 頭の中で今日一日の予定を考えてみても、これといって目ぼしいものはない。 (寺の裏庭の掃除という項目は、とっくに藤村の思考回路から削除されているからだ) 「実は俺も暇でな」 だからどうしたのだろう、と考えていると、 「今日一日俺に付き合ってはくれないか?」 と、言われたときには心臓が飛び出そうになった。 天気が良い日、が天気が良くてとても素敵な日、になろうとしている。 いきなりのことで藤村は少々びっくりしたが、 「…もしかして、デートのお誘い?」 ふざけてそう返すと、馬鹿者、と笑われてしまった。 こんな不破の笑顔は大好きだ、と藤村は思った。 いくぞ、と不破は河川敷に背をむけ、歩き出す。 近くにあった花に、蝶が止まっているのが見えて、笑顔が零れた。 「藤村」 と少し遠くで不破の呼ぶ声がする。 藤村は、立ち上がるともう一度空を見上げた。 相変わらず空は青かった。 ああ、本当に今日は、 いい天気だ。 END |
シゲ不破の日、ということで久しぶり更新です。 隣にいて、とても安心する。こういう関係の2人が好きです。 そして、ほのかにラブラブ(笑)この後2人は1日中ラブラブデートでしょう。 よかったら感想をくださると嬉しいかな、なんて。 |
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