●80:少女●

ただなんとなく体育館の裏へと来た。
ここはまわりが木々で覆われていて、サボるのにはもってこいの場所だった。
しかし、どうやら今日は先客がいたようだ。暗がりの中に人影が見える。
シゲの性格からして別にそんなのは気にならなかったのだが、

「あっ…っ…」

微かに聞こえた喘ぎ声。
もしかしなくとも自分はとんでもない現場に遭遇してしまったらしい。
『ったく…学校でこんな昼真っからやんなよな…』
心の中で毒づきながらも、他人の情事を覗くような趣味はなかったので大人しく立ち去ろうとした。

その名前を聞くまでは。

「っ…ふわっ…!」

喘ぎ声などではない。確かにそいつは「ふわ」といった。

『…ふわ?』
この学校に「ふわ」のつく人物は一人しかいないはずだ。

そう、クラッシャーと呼ばれる天才児にして問題児。
シゲと同じ桜上水中学校サッカー部に所属するゴールキーパー。
不破大地である。

『不破…なんでなん?』

女に一番興味がなさそうで、無関心そうな不破がなぜ、こんなところでこんなことをやっているのだろうか。
色々な考えがシゲの頭の中で渦めいた。

不破に対しては、少なからず良い印象をもっていた。むしろ好意といってもいいくらいだ。
一緒にいるととても落ち着いて、真っ白な彼と過ごしていると、自分まで白くなれるような気さえした。
いつも考察ばかりしていて他のことには興味がない、そう思っていた。
だから、女になんか興味がない、と妙な安心感があったのだ。

いや、それこそ自分の思い違いではないだろうか。
不破だって人間である。女を好きになったりすることも十分にありえる。
それに今度の考察対象が女だったのかもしれない。

しかし、シゲはとても裏切られたような気持ちだった。
そんな趣味はなかったはずなのに、草むらに身を潜め、こっそりとその行為を見つめた。
暗がりだがわかる。不破は少々赤い顔をしている。あんな顔はみたことない。
さらに怒りは増した。

わかっている、これは嫉妬だ。

不破が誰と何をしようが所詮自分には関係がないところで行われていることであって、不破にとって自分は『サッカー部の仲間』程度にしか思われていないだろうということが、ひどく悲しかった。

シゲはここまで考えて、ハッとした。


『自分は不破が好きなのだ』


男相手なのはわかっている。しかし、一度発見してしまったこの感情を誤魔化せるわけがない。
気持ちはどんどん膨らんでいくばかりである。
この気持ちをどうすればいいのだろうか。

すると、行為が終わったらしく女のほうがバタバタと身なりを整えている。その様子を不破は無表情で見ていた。どちらかといえば視線の先にその女がいた、という感じだが。
しかし、そんなことはシゲの思考からはどうでもよくなっていた。
支度が終わり走るようにその場を去っていった人物は
『小島…』
そう、女子サッカー部キャプテンの小島有希だった。



●●●



「不破」

放課後、部活前に呼び止めた。
茶色とも黒ともとれるフワフワした頭がクルリと振り返る。
「佐藤か、なんだ」
いつもと同じ調子で尋ねる。
「ちょーっと話があるんやけど、ええ?」
自分でも嫌になるほどの作り笑顔で言う。不破は不審に思ったのか、少々首を傾けつつも
「わかった」
と頷いてくれた。



「佐藤が俺に用があるとは珍しいな。勉強で解らないところでもあるのか?」
歩きながらそう聞いてくる。
「あはは、ちゃうて!まぁもうすぐ中間やし、ヤバいことは確かなんやけど…」
苦笑しつつもシゲは答える。こんな何気ない不破との会話が好きだ。

そんなやり取りをしばらく続けていたのだが、
「…」
「どないしたん?」
不破が急に黙る。
「いや…どこで話すつもりなのだ?」
「んー、まぁええやん。もうすぐやから」
シゲが、にこりと笑って返すと不破は何も言わなかった。
そう、だんだんあの体育館裏へ近づいている。ほんの数時間前に行為が行われた場所だ、不破もさすがに行き渋っているのだろう。
しかし、それに気付かない振りをして体育館裏へと向かう。





「さて、ここらへんでええかな?」
シゲは、まさに行為が行われていた場所で立ち止まった。
間違いない、確かにここだった。
「…」
下を向いていたが、不破の顔がかすかに顰められたのがわかる。
「なぁ、不破。俺がこの場所に連れて来た意味、わかっとるんやないの?」
振り返り、不破にそう問う。
はっ、と驚いた顔をしたかと思うとすぐにいつもの顔に戻る。
「…見ていたのか」
静かに、そう言った。
別に見たくなかったんやけどな、と苦笑しながら返す。


「で、何が望みなんだ?」
不破がそう聞く。
「ん?なんで?」
その問いが意外、いや、ある程度予想していた問いだったかもしれないが、とりあえず聞き返す。
「このようなひと気のない場所へ連れてきて何もないという方がおかしいだろう?お前は俺に、何をして欲しいんだ?」
「へぇ…」
わかっとるやん。と、へらっと笑いながら言った。


「んー、とりあえず聞くけど、小島とは付きおうとるん?」
実を言うと何も考えていなかったので、一番聞きたかったことを、たずねてみた。
「…いや、そんな関係ではない。ただ、小島は俺が好きなんだそうだ」
「…そうやったん?」
コクリ、と不破は頷く。
「…不破は小島のこと、好きなん?」
「いや、恋愛対象としては見れない」
やんわりと首を左右に振りながら2つ目の質問に不破は答えた。
だから、その告白を断った、と。
好きではない。
では、なぜ
「エッチしよったん」




●●●




「小島が…泣いたのだ」
沈黙の後、不破が呟いた。
泣きじゃくる小島に対して、どうしていいかわからず、呆然としていると
「ヤらせろ言うたん?」
「…多少語彙はあるが、まぁそんなところだ」



「不破は好きやっていってくれた相手、全員にお相手してやるんか?」
「…そういうわけではない」
自分でもよくわからない、と言った。
その言葉を聞いて、シゲの中でなにやらよくないものが蠢いた。

長い説明を始めようとした不破を止め、
「なら…」


俺も不破のこと好きやから、ヤらせて?


ぼそりと不破の耳元で囁いた。瞬間不破の顔が朱に染まっていくのがわかった。
「なっ、」
「ええやろ」
有無を言わさず、不破の着ていたシャツを捲りあげる。
「さ、佐藤!」
珍しく不破が焦っている。

ああ、俺はこんな不破がずっと見たかったのかもしれない。
彼に対する支配欲、独占欲、征服欲。
組み敷いた瞬間、そういったものが一気に爆発してしまったように思えた。









自分の下で不破が泣いている。
声も出さずに泣いている。
泣かせたのは自分。

本当は、こんなことをするつもりではなかった。
ただ、

「不破が、」

好きなんや


不破の涙を、舐め取りながら
こういうときにしか、本当の気持ちを伝えられない自分を憎んだ。
きっと、不破は自分を恨むだろう。
そうなればどんな形であれ、彼は自分を意識することになる。

たぶんきっと、それで、いい。




END


お題第4号
不破に対しての、歪んだ、愛の形

これの話は実はシゲ不破で2つ目に考えた作品です。
しかし、ラストあたりが決まらなくて、ずっと書いてなかったのです。
…やはり不完全燃焼ですね。
もっと書きたい言葉とかあったのに、見事に飛んでます。いつか修正を加えよう。

2004.12.20

BACK
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送